短歌(3/16掲載)

  • 投稿日:
  • by
  • カテゴリ:

【斉藤 梢 選】


「登りこよ」言うがごとくに荻浜の暗き海へと天使の梯子   石巻市流留/大槻洋子

【評】東日本大震災発生より14年。3月11日、黒い大津波が「荻浜」を襲った。私が、この作品を読み、この選評を書いているのは3月10日。震災以降、毎年3月になると震災の報道が多くなる。「荻浜の暗き海へと」と表現している作者の心の中には、3月11日からの言葉にできないものがあるのかもしれない。荻浜の海を見ながら天上の人からの声を聞いたのかもしれない。この一首の解釈は人によって異なると思うが、私には「天使の梯子」が会いたくても会えない人とこの世に在る人を繋いでいると、思われてならない。


何もかも値上がりて店に行くたびに代りにため息置いて帰りぬ   石巻市向陽町/成田恵津美

【評】「何もかも」という初句の言葉に頷く。必要なものを買うために「店に行くたびに」気づく値上がりという現実。どうにもならない事だけれど「ため息」をついてしまう作者。生活を詠む一首でもあり、社会詠でもある。短歌という定型は、時にこのようなやり場のない感情をも受け入れてくれる。「ため息」は目に見えないが「置いて帰りぬ」で、気持ちが伝わる。


晴れ間見て冬の畑に鍬振れど土は帰れと冷たい返事   石巻市桃生町/佐藤俊幸

【評】「土」の声を聞く作者。畑を耕すことは、土と対話することだろう。鍬を振るという行為を詠み込むことで見える作者の姿。人間がどのように自然と関わってゆけばいいかを、考える起点になる一首。


肩すぼめそぼ降る雨に赤い傘遅い春待つ赤い長ぐつ   石巻市西山町/藤田笑子

【評】しとしとと降る雨の日の「赤い傘」と「赤い長ぐつ」。この歌の主語は、二つの「赤」。童話の世界のような独特の雰囲気のある作品。作者も春を待つ。


回転寿司でいいなら百回つれてゆく行方不明の児よ孫よ三月   石巻市開北/ゆき

何事もなくカーテンを開け閉めるかかる平安しみじみ思う   石巻市あゆみ野/日野信吾

頑張れよ頑張れよとだけ聞こえくるその声どこから胸の奥から   東松島市矢本/畑中勝治

明日ありと思うは必須だが待てよ夜半の嵐も自然の摂理   石巻市南中里/中山くに子

病室の窓からはるかなあけぼのに放射線治療の覚悟を告げる   東松島市矢本/門馬善道

おおゆきのましろのせかいみわたせばその白の中ふるさとはあり   東松島市矢本/川崎淑子

良く眠ったただそれだけで幸せで静かに始まる老いの一日   東松島市赤井/佐々木スヅ子

大津波のあとには全部さまがわりあの小川さえ流れているのか   石巻市高木/鶴岡敏子

模様木(もようぎ)の新芽吹きいるさるなしよ沈みし老いに生湧(せいわ)きあがる   東松島市矢本/田舎里美

如月の雪に埋もれた墓へゆき雪の下からまた叱られる   多賀城市八幡/佐藤久嘉

おやすみと子の一言でひと日終え平凡なれど今日もよき日に   石巻市須江/須藤壽子

長ネギの畑の写真に「森の奏(かな)で」とう春の香の見えくるネーム   石巻市羽黒町/松村千枝子

しゃべりたいよ歩きたいよと願いつつ努力の日々をわれ紡ぎおり   東松島市野蒜ケ丘/山崎清美

大寒波来たりと言へど福寿草白壁背にし凜と咲きをり   石巻市門脇/佐々木一夫