短歌(3/30掲載)

  • 投稿日:
  • by
  • カテゴリ:

【斉藤 梢 選】


田雲雀のあがりて春の空青し一日(ひとひ)テレビの悲しき口論   東松島市矢本/川崎淑子

【評】春の空へ高く舞いあがる「田雲雀」。春の季語の「揚(あげ)雲雀(ひばり)」を初句とせずに「田雲雀のあがりて」としたことで、作者の視線が空の青を捉えているのが伝わる。自然界は待ちに待った春の趣なのに、世の中はそうではない現状で「口論」が一日続いている。上の句と下の句にあるこの<隔たり>。「悲しき」という感情が湧いてくるのも当然のことだろう。しかし、この一首は悲しいだけの歌ではない。詠んだことで、作者の心の中にはこの日の空の色が広がり、生き生きとした「田雲雀」の姿が残ったのだと思う。


漁満たし怒濤の暗夜針路西 舳先に安堵の金華山(きんか)の灯台(あかり)   石巻市わかば/千葉広弥

【評】ある日の漁を詠む。「暗夜」の海原をゆく「舳先」が見えるようなリアルな表現が魅力。漁を終えて帰る様子が「針路西」という具体で、より鮮明になる。言葉の置き方がよく節調もよく、作者の気持ちの昂りを伝えて躍動感もある。「満たし」が引き立つように、下の句を「舳先に金華山(きんか)の灯台が見ゆ」とする方法も。


心にもない言葉心ない言葉 心に言葉言葉に心   石巻市あゆみ野/日野信吾

【評】思いを表現しようとして言葉を選ぶ。この歌を詠みつつ作者は言葉について思索しているのだろう。声となって文字となって伝えられる言葉が、人の心を明るくしたり暗くしたりもする。だからこそ誠実な言葉を、と思う。「心に言葉言葉に心」は純朴な願い。


山百合の花冠かしげて悩めるは我の悩みと同じことかな   東松島市野蒜ケ丘/山崎清美

【評】「山百合」を見つめて、その姿に何かを感じて歌が生まれた。「同じことかな」と思うとき花は友になる。悩みもつ「山百合」も「我」も懸命に生きている。


庭の客セキレイ一羽小走りに土を叩いて春知らすなり   東松島市赤井/茄子川保弘

生きるとはいいことだけが減ることかコバルトラインに春を探す   石巻市流留/大槻洋子

白ゆきとさざんかの朱(あか)戯れて葉のみのビオラ花きざしをり   石巻市開北/ゆき

黒津波に追われ天へと逝った友穏やかな今日忘れぬあの日   石巻市水押/佐藤洋子

貸してねと遺品のめがねで針仕事かすかに聞こえたいいよの返事   石巻市西山町/藤田笑子

門脇小の寄せては返す人の波バス三台も友と合掌す   石巻市錦町/山内くに子

老いてなお夢を探せと短歌(うた)が言う過ぎたむかしも明日の夜明けも   石巻市駅前北通り/津田調作

錦木の枯れたる根から新芽伸び生命つなぐ逞しさ見る   石巻市蛇田/菅野勇

梅ひらく五弁のひらき均等に狭庭の隅をわが世とばかり   石巻市南中里/中山くに子

星くずが夜空いっぱい散らばって寒い北風かきまぜたよう   東松島市矢本/畑中勝治

春の午後友は続きの犬描きて吾(あ)は過ぎし日の犬を詠むなり   石巻市湊東/三條順子

白菜の四分の一が三百円これでは鍋料理(なべ)も容易に食えぬ   石巻市駅前北通り/庄司邦生

春なれば花見はいつも潮見台あの公園に若き日の母   石巻市流留/和泉すみ子

冬日和ガラス越しに見る裸木は血管のごとく枝を巡らす   石巻市蛇田/桜井節子