短歌(4/13掲載)

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【斉藤 梢 選】


声はわが心の楽器あたたかき音色を持ってわれを生きたし   石巻市あゆみ野/日野信吾

【評】「声はわが心の楽器」という表現にたどりつくまでの思惟の道のりを思う。「あたたかき音色を持って」生きてゆきたいと願う作者。「声」となって発せられるものは言葉であり、感情である。他者に何かを伝えるための「声」であるから「音色」もその時々で違うだろう。時には冷たく、時には他者の心を乱すこともある。気持ちが沈んでいる時に、チェロの音色を聞いて癒やされる人も多いという。自分の「声」を意識することで生まれた一首。見えない「声」にも、いろいろな表情があり、作者は<心の声>を大切にしている。


満たされぬ日々の中より生まれる歌縮図と言える我が人生の   東松島市野蒜ケ丘/山崎清美

【評】感情の揺れや苦悩を、言葉を選んで詠むことで生きる力を得ることもある。作者には定型という思いを容れる器が必要なのだと思う。「満たされぬ日々の中より生まれる歌」は、率直に自身を語る。心と体の深いところから汲み上げられた「縮図」という言葉の、この奥深さ。「縮図」は心の姿、そして生の証明。


終活でタンスの底に眠っていたあの日あの時の私がひょっこり   東松島市赤井/佐々木スヅ子

【評】タンスの中を整理しながら、忘れていて長い間着ていなかった衣類と再び対面する作者。一枚一枚の服には、ひとつひとつ思い出がある。眠っていたのは「あの日あの時の私」という捉え方が魅力。


国中(くにじゅう)が雨乞いしてると思うからこの雨嬉し大船渡の雨   石巻市羽黒町/松村千枝子

【評】2月26日に大船渡市で発生した山林火災。懸命な消火活動が続いてもおさまらない火の勢い。日本中の人たちが鎮火を祈り、避難している方たちに心を寄せたと思う。作者の真心の「この雨嬉し」。


いつの日か鎧をはずしふくよかにさえずるごとく歌を詠みたし   石巻市流留/大槻洋子

先陣をきりてチェロよりその一音三寒の堂に温かみ放つ   石巻市開北/ゆき

暁に浮かぶ半月もの悲し薄れる姿で今宵またねと   女川町浦宿浜/阿部光栄

パラパラと春陽砕けて弾かれて水面(みなも)のショーにわれは和みぬ   東松島市矢本/田舎里美

鍬入れりゃミミズ苦の字の抗議なり春が来たぞと声高に振る   石巻市桃生町/佐藤俊幸

この歳でまだしっかりと持っている生き甲斐だけがわたしの生き甲斐   東松島市矢本/畑中勝治

年齢に速度のありと言うを知り違反せぬよう生きるを愉しむ   石巻市流留/和泉すみ子

棚上の膝をかかえるピエロの瞳(め)うつろな迷いかじっとみつめる   石巻市須江/須藤壽子

慰霊碑に頭を垂れて祈る背に潮の香りの風の吹きいる   東松島市赤井/茄子川保弘

痛むとも曲がりひらかぬわが指になお生きんとする我を感じる   石巻市中里/高橋和子

陽の昇る刻(とき)は日に日に早くなり春分一日(ひとひ)を味わい尽くす   東松島市矢本/川崎淑子

生き居るに何を求めて飯を食う九十四歳短歌(うた)に縋りて   石巻市駅前北通り/津田調作

連日の火事報道に胸痛む高齢夫婦被害は非情   石巻市不動町/新沼勝夫

教科書をそらんずるまでそらんじた喜寿なりけりて「雨ニモマケズ」   東松島市矢本/門馬善道