vol.17

ポストコロナでどう進む?
健康経営の最新情報

新型コロナにより企業も人も多大な影響を受けた3年余り。その間も健康経営に取り組んできた企業は、既にポストコロナ時代の新たな方向性を見い出し動き始めています。これからの健康経営に必要となる考え方や視点について、東北大学名誉教授・同医学系研究科公衆衛生学客員教授 辻一郎氏と同大学院歯学研究科長 小坂健氏のお二人に伺いました。

CONVERSATION.

多様性ある健康経営に
新たなビジネスチャンス

進んだオンライン化 
今後の活用が鍵

辻󠄀 新型コロナが企業や労働者に及ぼした影響には功罪あって、功はオンラインで仕事ができる環境整備が進んだこと。育児や介護が仕事と両立できて助かったとの声も多いです。会議もオンラインで可能になったけれど、ちょっとした雑談のようなコミュニケーションが減ってしまったのはマイナス面です。

小坂 単なる情報共有の会議ではなく、ディスカッションをすることに重点を置いた会議を増やすことが大事ではないでしょうか。大学では、クラスルームで学生同士の討議を増やしたり、授業の前に5分間雑談したりするなど、横のコミュニケーションを大切にしています。今後はそうした仕掛けが必要だろうと思います。ところで、オンラインの活用といえば、私が目にした若手経営者の企業では、意思決定がチャットで、しかも速い。方法も含めて今時の会社だなと感じました。

辻󠄀 即断即決。そのスピード感はグローバル水準に近づいていますね。

小坂 健

東北大学大学院歯学研究科長・医師
災害科学国際研究所 教授
スマートエイジング
学際重点研究センター 部門長

多様な社会における 
健康づくりの提供を

辻󠄀 国が2000年から始めた国民健康づくりの施策「健康日本21」は、来年から第三次計画が始まります。その中に「健康経営を実践する企業を10万社に増やす」という目標が含まれています。経済産業省のデータでは今年3月時点で、健康経営優良法人の認定数が約1万6000法人ですから、国や協会けんぽは中小企業の支援を今後ますます積極的に行っていくことでしょう。では、中小企業はどうすれば生き残っていけるのか。人口減少でマーケット自体が縮小する中、自分たちだけが健康になることを目指すのではなく、地域に乗り出し、地域住民にも健康づくりサービスを提供するようなビジネスモデルを作っていくことが必要だと考えています。

小坂 求人に関しても多くのところで働く人が不足していると聞きます。その中で障がい者の就労支援を積極的に行っているNPO法人もあります。そして今は、がん罹患者、がんサバイバーの就労支援の動きも非常に大きくなってきています。多様な人が自由な形で働ける社会を、もっと目指さなければいけないと思うんです。

辻󠄀 それは本当に大事な話です。現状、病気や障害を持つ人は多く、高齢者の1割前後はフレイル(※)。がんは毎年100万人が罹患して38万人が亡くなる。ということは60万人以上ががんサバイバーとして社会にいるわけです。病気や障害があっても、自分なりの能力の中で社会と向き合って自己実現していくこと、労働力として社会に貢献したり、楽しく生きがいを持って生活することは、これからの健康観の一つになっていくでしょう。

小坂 その中で日本に欠けていると感じるのが当事者の視点です。コロナ対策では医療関係者や行政から、面会制限など制約的なお願いばかりが目立ちました。これからは当事者の立場からのコミュニケーションに変わっていくでしょう。健康経営でも、従業員を含め個人それぞれがマネジメントできるような形にしていけたら良いのではないでしょうか。

辻󠄀 今まで「経営者がんばれ」一辺倒だった健康経営も、従業員が「こういう職場にしたい」「こうしたら元気になる」と要求していくことも必要になりますね。

社会課題への取り組みが 
企業・人・地域を健康に

小坂 健康経営より広い意味として、ウェルビーイングという概念も注目されています。ウェルビーイング学会によるアワードで今年最優秀を受賞した不動産会社は、国籍、年齢、性別などが理由で住居を借りることに苦労している人と、対応してくれる不動産会社をつなぐサービスが評価されました。また、私が以前から注目しているある企業では、社会起業支援を行なって、社会問題解決の輪を広げていこうとしています。地域の中小企業においても、社会課題に取り組む要素を入れていくことは、今後ますます必要になるでしょう。それが従業員のウェルビーイングであり、地域のウェルビーイングにもなるというのが、これからの在り方だと思っています。

辻󠄀 社会に役立つことをしている企業に投資しようという動きも出ています。企業がある地域から始めて、地域に良い社会を作れば、人も企業も元気になる。それには1社だけで考えていても仕方ない。昨秋開催の「第11回健康寿命をのばそう!アワード」では、業種も地域も異なる中小企業4社が、合同で社員の健康課題に取り組むプロジェクトが優秀賞を受賞しました。こんなふうに色々なつながりから新たなビジネスも生まれ、新しい人間関係の中で一段と健康になっていけるのが理想です。

小坂 今はクラウドファンディングなどもあって、ひと昔前に比べれば起業や資金を集めることが容易な世の中になっています。何かするのも、国や行政に頼るのではなく、個人でもできる環境になってきました。社会の変革が起こっていると言えます。その中で、若い人たちも自発的に行動できるように応援していきたいですね。

※フレイル…病気ではないが、加齢により筋力や心身の活力が低下し、介護が必要になりやすい、健康と要介護の間の虚弱な状態

辻󠄀 一郎

東北大学 名誉教授
同医学系研究科公衆衛生学 客員教授

教えてあなたの職場の健康づくり健サポフレンズ登録企業から投稿いただいた「職場の健康づくり」の一例をご紹介します。

食の課題改善へ
「置き型社食」が好評

三和工業 株式会社

精密板金加工の三和工業(株)は、昨年3月に健康経営優良法人に認定、今年3月にはブライト500の認定を取得。2年連続で認定を受けた同社の取り組みは食事、健診、衛生・安全、コミュニケーションなど、内容が多岐にわたり、高い本気度が伺われます。健康経営に本腰を入れたきっかけは、創業者で前会長の三浦隆次さんが一昨年病気で他界したこと。代表取締役の佐藤隆一さんは、「晩年の会長は健康経営の導入に前向きでした。その遺志を継ぐ形だったこともスピード感を持って進められた理由の一つ」と話します。

取り組みの流れは、取締役の佐藤瞳さんと社員の伊藤恵子さんが健康推進委員として提案したアイデアに、佐藤社長が課題を指摘し、話し合いの後決定する形。その経緯を経て昨年取り入れた「置き型社食」が社員に好評です。休憩室の冷蔵庫に専門業者から届くパック総菜を、社員が1つ100円で購入。昼食に食べたり、自宅に持ち帰ったりして利用できるというもの。総菜代金の大半を会社が負担しています。社員の昼食の栄養の偏りが気になっていた瞳さんたちが提案しました。佐藤社長は「売れ残りも無く代金の回収方法も問題ないと分かったので、この仕組みを他にも利用し生かしたい」と考えています。 その他、レクリエーション大会の開催や、毎朝のラジオ体操、社内の健康だよりなど、広範な取り組みを実施。瞳さんは「二次検診を進んで受診してくれるなど、社員が協力的なことにも感謝しています。今後はヨガ教室や線虫がん検査も取り入れたい」と、さらなる取り組みへ意欲を高めています。

栄養バランスを考慮した「置き型社食」。
どれでも一つ100円で購入可能

左から、取締役の佐藤瞳さん、代表取締役の佐藤隆一さん、
伊藤恵子さん

三和工業 株式会社
石巻工場/石巻市北村字大溜池93-3
本社/遠田郡美里町練牛字26-36

2023年6月30日付 河北新報朝刊_特集紙面 Vol.17より転載

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このページの内容は河北新報に掲載された特集紙面を一部再編集してご紹介しています。
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