vol.21

睡眠の改善と健康経営
生産性向上の重要ポイント

今回のテーマは「睡眠」。昨今、健康経営における睡眠の重要性が注目されています。睡眠の質が業務の生産性に大きく関わるとのデータもあり、改善に取り組む企業も増えてきました。睡眠と健康経営の関わりや県内企業の現状、今後の取り組みについて、東北大学名誉教授・同大学院医学系研究科公衆衛生学客員教授・辻󠄀一郎氏と仙台白百合女子大学教授・鈴木寿則氏のお二人に伺いました。

CONVERSATION.

健康経営の根本に
関わるテーマ「睡眠」

仕事が睡眠の妨げに 
事業主の理解必須

辻󠄀 2006年に発表された日本大学の研究によると、睡眠不足が原因の経済的損失のうち、プレゼンティーズム(健康問題による生産性の低下)によるものは約3兆664億円。これは、アブセンティーズム(欠勤)による損失の約50倍。睡眠不足解消の重要性が分かる数字です。しかし、日本はOECD加盟国の中で最も睡眠時間が短く、その大きな要因の一つとなっているのが男女ともに仕事というデータもあり、日本人の勤勉さが皮肉にも睡眠の妨げになっていると言えます。睡眠は、身体や脳の疲労回復だけでなく、ネガティブな感情を整理してくれる大切なもの。睡眠不足が続けば、集中力や作業能力が低下して、判断力が衰えミスが増える。過去、世界で起きた重大事故の中にも、睡眠不足が関与したと考えられるものは少なくないです。つまり従業員の良好な睡眠は、社会の安全と企業の経営・成長にとって不可欠と言ってよいでしょう。

鈴木 宮城県でも労働者の睡眠不足の傾向は顕著です。2023年度に、辻󠄀教授、協会けんぽ宮城支部と行った共同研究「睡眠と働きがい及び生産性に関する実態調査(※①)」の結果で、睡眠障害がある人の割合は宮城支部平均40.1%でした。特に高かったのが35~39歳の44.6%、次いで40~49歳の42.3%で、まさに働き盛りの方々の睡眠障害が非常に多かった。業態別では、医療・福祉が最も高く、次が宿泊・飲食サービス業。どちらの業態も、夜勤・交代勤務などの労働環境が関係していることが想像でき、事業主の理解が必要不可欠と感じています。

※① 使用データ:協会けんぽ宮城支部健診データ(2021年度)。対象:35~74歳の被保険者の中から、年齢、性別、問診票の睡眠項目に欠損値がなく業態別に無作為抽出した22,365人にアンケートを送付。分析対象者6,267人(有効回答率28.0%)

辻󠄀 一郎

東北大学 名誉教授
同大学院医学系研究科公衆衛生学
客員教授

睡眠への取り組みは 
自社の実態把握から

鈴木 研究結果の中で最も注目すべきポイントが、ワークエンゲージメント(仕事への意欲を持ち、満足している状態)及びプレゼンティーズムと睡眠との関連性です。ワークエンゲージメントを見ると、睡眠障害がある人は、無い人と比べて「活力」、「熱意」、「没頭」のいずれも低く、働きがいが失われています。そしてプレゼンティーズムについては、睡眠障害のある人は、生産性低下の割合が大きいことが見て取れます。心身の不調から十分なパフォーマンスを発揮できない状況で仕事を続けると、将来的に身体、精神の健康問題が深刻化し、アブセンティーズムにつながるリスクが高まります。本研究で、睡眠障害によるプレゼンティーズムを解消することが、事業の利益に直結することが明らかになりました。この結果をもとに、協会けんぽ宮城支部では事業所の職場環境改善につながる「睡眠カルテ」を作成し提供する予定です。

辻󠄀 すでにIT企業などは睡眠不足解消に関わる取り組みを始めているようです。「パワーナップ(※②)」の考え方も広まりつつあって、そのための職場環境を整える企業も増えてきています。今年公表された「健康日本21(第三次)」には「睡眠で休養が取れている人の割合を80%以上に、6~9時間睡眠を取っている人の割合を60%以上に」という目標が加わっています。その具体化のために厚生労働省が作成した「グッドスリープガイド」は、成人、子ども、高齢者と三つの世代別に良い睡眠のための情報がまとめられていて、非常に分かりやすい。こういうものを活用するのも一つですが、その前にまずは睡眠時間や質の悩みについて、自社の実態を把握していただきたいですね。今はウェアラブル端末を使用して睡眠の質の評価もできますし、その結果に応じて専門機関のアドバイスを受けることも必要だと思います。

鈴木 「健康日本21(第三次)」にある、睡眠休養感、睡眠時間、過労働時間への配慮は、従業員の健康づくりにはとても重要ですね。また今回の研究を通じて感じたのは、職場環境の整備には制度的な後押しが効果的だということです。制度化することによって、事業主も取り組みやすくなる。このことから、制度設計も大切だと考えています。

辻󠄀 健康経営がスタートしたころは、睡眠について触れられることはほとんど無かったですよね。ところがここ数年は睡眠への関心が非常に高まり、話題にも上る。協会けんぽの出前健康づくり講座に、今年から睡眠の講座を取り入れたところ、今最も人気があるそうです。今後、健康経営と睡眠のテーマはさらに深く掘り下げていくことが求められるでしょう。

※② パワーナップ…午後の時間帯にとる15~30分程度の積極的仮眠。脳のパフォーマンスを向上させると言われている。

厚生労働省発行「成人のためのGoodSleepガイド」を参考に作成。

その他、子ども・高齢者のための睡眠ガイドも公開中。

https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/001222161.pdf

Good Sleepガイド(PDFが開きます)

鈴木 寿則

仙台白百合女子大学
人間学部 健康栄養学科
公衆衛生学研究室 教授

厚生労働省発行「成人のためのGoodSleepガイド」を参考に作成。

その他、子ども・高齢者のための睡眠ガイドも公開中。

https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/001222161.pdf

Good Sleepガイド(PDFが開きます)

教えてあなたの職場の健康づくり 健サポフレンズ登録企業が取り組む「職場の健康づくり」の一例をご紹介します。

「心の健康」大切に。
自分らしく働ける職場環境の実現を

フレスコキクチ

宮城、福島両県に16店舗を展開するスーパーマーケット「フレスコキクチ」は、今年3月に協会けんぽ福島のサポートを受けて「健康事業所宣言」を行い、職場での健康づくりを本格的に開始しました。「社長(代表取締役社長:菊地盛夫さん)が健康経営に関心が高く、最初から積極的だった」と話すのは、プロジェクトリーダーを務める田村真一さん。田村さんは2023年を準備期間と位置づけ、健康経営アドバイザーの資格を取得。さらに健康みやぎサポーターズの勉強会に参加したほか、同業他社からの情報収集などを進め、この春の健康経営宣言にこぎ着けました。

ユニークな取り組みの一つが「ドレスコードの自由化」。社長の発案から始まって若手社員数名が音頭を取り、社員、パート・アルバイトが自分らしさを失わずに仕事ができる環境づくりを進めています。昨年、第一段階で髪色、髪型を自由とし、今年はネイルやアクセサリーも自由化。来店客からは「店の雰囲気が明るくなった」と好評の一方、管理者側からは「髪色などを注意するストレスが減り、純粋に仕事の評価ができる」と好意的な意見も。「これは想定外の効果でした」と田村さん。また、近年問題の「カスタマーハラスメント」対策にも取り組んでおり、店内へポスターを掲示し理解を求めています。「さまざまな取り組みを社員・パート・アルバイトの全従業員で共有している。無理なくできることを続けて、優良法人認定取得を目指したい」と、これからのビジョンを描いています。

ドレスコード自由化のポスターを店内に掲示。
来店客に周知し理解を求めています

総務部 健康経営推進PJリーダー 田村 真一さん

フレスコ株式会社
本部・フレスコキクチ相馬店
/福島県相馬市中村字宇多川町17

2024年7月22日付 河北新報朝刊_特集紙面 Vol.21より転載

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このページの内容は河北新報に掲載された特集紙面を一部再編集してご紹介しています。
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