vol.23
企業が従業員の健康管理を経営課題として取り組む「健康経営®」において、昨今、「睡眠」の重要性が注目されています。今回、心身の不調の予防のみならず、企業の生産性向上につながる睡眠の改善をテーマに健康経営勉強会を開催。健康づくりをサポートする協賛社・協力団体のブース出展や参加者の交流会も実施されました。
東北大学名誉教授・
同大学院医学系研究科
公衆衛生学 客員教授
辻󠄀 一郎 教授
健康経営において、睡眠は企業の経営や成長に影響を及ぼす重要な課題です。『令和6年版厚生労働白書』の睡眠時間と心の状態に関するデータでは、睡眠時間が6時間未満になると心の状態に顕著にマイナスの影響を及ぼすことが明らかになっています。就業者の理想の睡眠時間と実際の睡眠時間を比較した調査では、約7割が不足と回答し、理想の睡眠時間と実際の時間のギャップが大きくなるほど、抑うつ・不安の割合が増える結果になっています。白書では、睡眠不足による心身不調で欠勤・休職する「アブセンティーズム」のみならず、出勤しても十分なパフォーマンスが発揮できない「プレゼンティーズム」につながることを指摘。良質な睡眠は、従業員の心の不調を予防する意味にとどまらず、企業の生産性向上においても課題であることを示唆しています。
また、10年前と比較して、総合的な健康を判断する上で、「ぐっすりと眠れること」を重視する人が増えている点も注目されます。睡眠は、日中にインプットした情報を整理し記憶として定着させ、疲労回復、ネガティブな感情の整理など、心身をリセットする役目を担っています。睡眠の質が悪いと、うつや生活習慣病のリスクが増大し、他者への思いやりも減少する傾向が見られます。
日本における睡眠の現状は、男性の30~50代の半数近く、女性の50代の過半数が睡眠6時間未満であり、睡眠の妨げの要因としては、30~60代の男性、50~60代の女性で仕事が最も多くなっています。良い睡眠には、量(時間)と質(休養感)が重要で、これを阻害する就寝直前の食事などの生活習慣や嗜好品の取り方、寝室の快適さにも気を付けたいものです。
一般社団法人
ヘルスマネジメントコネクト
健康経営研究所 代表理事
岡本 直也 氏
日本は2040年には65歳以上が人口の35%を占めると予測され、現役世代1・5人で高齢者一人を支えることになります。今、まさに生産性を上げ、健康寿命を延ばすために、健康経営への取り組みが求められています。その中で、睡眠は大きな課題です。睡眠不足による生産性の低下などの経済損失は、日本では年間15兆円規模との試算があり、世界ワーストと言われています。睡眠時間も、OECD(経済協力開発機構)加盟国の中で最下位です。実際に睡眠の悩みを抱えている人は多く、睡眠の質が下がっている可能性もあるでしょう。
適切な睡眠のための対策は、生活習慣の改善、医師の診察を受けて睡眠薬を使用するなどの薬物治療、栄養状態の改善で睡眠を取りやすい体にするという三つに分けられます。今回は、栄養面からのアプローチを中心に、「分子栄養学」の考え方を紹介します。分子栄養学は、心と体を内側から整える学問で、病気や体内の炎症は細胞の栄養不足に起因すると考えます。オーソモレキュラーは、体内の分子(栄養素)の濃度を最適な状態に保つことで、体の機能を向上させ、病態の改善を図る治療法です。従来の栄養学は、欠乏がなければ正常であるとするのに対し、オーソモレキュラーは、潜在的な欠乏状態があれば、病気と診断されなくても、心身の機能低下やトラブルが生じると判断します。
午後に眠くなる、寝起きがつらいなどの睡眠の悩みは、睡眠ホルモンといわれるメラトニン、自律神経、血糖値コントロール、副腎疲労が関係しており、栄養によって改善が可能です。例えば、眠りの質に欠かせないメラトニンは、栄養からつくられますので、タンパク質(プロティン)、ビタミン、ミネラルなどの材料が必要で、しっかりと吸収される必要があります。そこで、食事のポイントとしては、タンパク質の十分な摂取に加え、ビタミンB群、C、鉄、マグネシウム、亜鉛を十分に取ることが必要で、サプリメントの活用も有効です。何よりも、必要十分なカロリーの確保を心がけてください。
午後の睡魔と血糖値の関係を説明すると、食事で血糖値が上昇するため、それを下げようと急激にインスリンが分泌され、血糖値が急降下します。その際に、脳がエネルギーをセーブするので、眠気が起きやすくなるのです。栄養面から眠気を抑える対策は、食事はゆっくり、よく噛んで食べること、タンパク質を中心とした食事にし、炭水化物は最後に食べるようにするのがポイントです。睡眠の質を高めるためには栄養面の改善に加え、睡眠の量を確保することも大事になってきます。職場においては、睡眠を阻害する要因である時間外労働を減らす取り組みが必要です。ChatGPTの導入など、DX(デジタル・トランスフォーメンション)を推進することも解決策になるでしょう。
協賛社・協力団体のPRタイムでは、第一生命はグループ企業が提供する福利厚生サービス「ベネフィット・ステーション」、住友生命は企業の健康経営を応援する「Vitality福利厚生タイプ」を紹介。宮城県は、「みやぎ健康月間」のイベント、協会けんぽ宮城支部は、「職場健康づくり宣言」を説明。ヘルスマネジメントコネクトは業務効率化に役立つAI導入などを呼びかけた。
講演会終了後には協賛社・協力団体のブースが設けられ、住友生命のブースでは、自身の健康状態をチェックできる血管年齢測定を実施。協会けんぽ宮城支部では、「出前健康づくり講座」などの無料支援ツールを案内した。ヘルスマネジメントコネクトによるChatGPTを活用した業務効率化の体験コーナーも注目を集め、参加者同士が健康経営の取り組みについて情報交換する姿も見られた。
血管年齢の測定結果がその場で分かり、実年齢とのギャップで健康状態をチェック
「出前健康づくり講座」の動画を公開。職場でできる運動コンテンツを紹介するチラシも
ChatGPTの体験コーナーでは実際の使用画面を見ながら便利さを体感
健康経営への取り組みや課題について、積極的に情報交換する場としてにぎわった
2024年12月12日付 河北新報朝刊_特集紙面 Vol.23より転載
このページの内容は河北新報に掲載された特集紙面を一部再編集してご紹介しています。
河北新報掲載の特集紙面は以下よりダウンロードできます。