河北新報特集紙面2021
2022年3月3日 河北新報掲載
伝承を誓い、豊かな恵みの感謝を抱いて。
伝承を誓い、
豊かな恵みの
感謝を抱いて。
今回は、東日本大震災の教訓を後世に伝え継ぐための
伝承施設見学からスタート。
当時を深く知る語り部とともに、
津波の脅威をそのままに伝える震災遺構を巡り、
来たるべき大災害から命を守る心構えと知恵を学びました。
最盛期を迎えている気仙沼イチゴや大島瀬戸のカキの生産現場では、
旬の恵みを味わいながら、生産者の情熱に触れる貴重な機会に。
震災の記憶を決して忘れることなく歩み続け、
復興の未来を目指す気仙沼の“今”を体感できるバスツアーとなりました。
震災の記憶に触れて災害から身を守る学びを
仙台駅東口から36人の参加者を乗せたバスは、気仙沼市波路上(はじかみ)地区の「気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館」へ向かいました。一行を出迎えたのは、館長の佐藤健一さんとスタッフの皆さん。震災伝承館で気仙沼を襲った津波の記録映像を上映後、語り部の芳賀一郎さんと近藤公人さんの実体験に基づくガイドで、津波の発生を再現したジオラマや当時の被害状況を伝える写真パネルが展示された館内を巡りました。
流されてきた冷凍工場の建物が激突した痕跡が屋上近くの壁面に残る4階建ての気仙沼向洋高校旧校舎は、震災遺構として当時のまま保存されています。3階の教室には、なぎ倒された防潮林や自動車が窓を突き破って積み重なり、津波のすさまじい威力が随所に見られます。「屋上にたどり着いた避難者は皆、死を覚悟したそうです」という語り部の言葉に、迅速な避難こそが津波から命を守ることを参加者は一様に再認識した様子でした。
「気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館」
館長の佐藤健一さん
避難の様子を克明に語る芳賀一郎さん
旧校舎屋上を案内する近藤公人さん
2011年3月22日、多くの避難者で埋まる体育館で行われた階上中学校卒業式での生徒会長梶原裕太さんの映像で見学の最後を締めくくりました。涙を拭い、言葉を詰まらせながらも気丈にしっかりとした答辞を述べる姿に参加者は誰しも涙腺が崩壊。この地で起きた過酷な出来事をしっかりと胸に刻みました。
被災前から作り続けてきたイチゴの味をより多くの人へ
伝承館からほど近い農業法人「シーサイドファーム波路上」では、出荷調整場で佐藤信行代表が挨拶。震災後に圃場整備された土地で、波路上地区の被災農家が法人組織として塩害に強いネギと特産だった気仙沼イチゴのブランド復活に取り組んでいます。一行はイチゴの高設養液栽培を行っているハウスを見学。スタッフの鈴木諭さんが案内役となり、気温や湿度の厳密な空調管理やハチを利用した受粉など、おいしいイチゴを育てるための工夫や苦労を教えてくれました。鈴木さんは、「この地域で育てた香り高い気仙沼イチゴのおいしさを知ってくれる人が増え、地元の盛り上がりにつながれば」と話してくれました。
「シーサイドファーム波路上」
代表取締役の佐藤信行さん
ハウス内をガイドしてくれた鈴木諭さん
遺族会の追悼文が刻まれた「杉ノ下地区慰霊碑」 ※2021年夏に撮影
施設を後にし、佐藤さんが代表を務める遺族会が建立した「杉ノ下地区慰霊碑」を車窓から見学。海抜11メートルのこの場所は、1896年の明治三陸大津波では無事だった気仙沼市の指定避難場所でしたが、東日本大震災では想定外の高さの津波が押し寄せ、地区で93人が犠牲となりました。一行は石碑に刻まれた名前に鎮魂の祈りを捧げ、この地の復興を願いました。
ドラマのロケ地に選ばれた絶景の海で育まれるカキ
気仙沼市中心部に向かう途中、内ノ脇(ないのわき)地区で整備中の復興市民広場内の民間震災遺構「命のらせん階段」も車窓見学。南三陸地域でホテルや水産業を営む「阿部長商店」創業者の自宅兼事務所を曳き家して保存した建物で、地域住民20人の命を救った外付けのらせん階段が、参加者に大切な教訓を訴えかけました。バスが気仙沼市魚市場に隣接する複合観光施設「海の市」に到着し、ランチタイム休憩。施設内のレストラン「リアスキッチン」で特製の海鮮丼を味わい、この地ならではの海の恩恵を楽しみました。
東日本大震災発生の5年前、近くに高台がない近隣住民のため
私財を投じて設置された外付けらせん階段。
設置後3回の避難訓練を実施、
東日本大震災では屋上に避難した20人が助かった
午後は、2019年に開通した気仙沼大島大橋を渡り、亀山の麓でカキ養殖業を営む「ヤマヨ水産」を訪ねました。対岸に本土を望む小さな入り江で待ち受けていたのは、代表取締役の小松武さん。震災で大きな痛手を被りながらも養殖業再興に至った経緯に耳を傾けながら作業場へ向かうと、そこにはNHK連続テレビ小説「おかえりモネ」の撮影で使用された看板が。思いがけない出合いに参加者はびっくり。出荷を控えた大ぶりなカキを集めた滅菌海水プールが並ぶカキむきの加工場では、蒸気を噴き出している鍋が。小松さんが鍋のふたを開けて熱々の蒸しガキを取り出すと、一行から歓声と拍手が湧き上がりました。参加者はカキの上手なむき方を教わったり、今年5月にオープン予定というカキ小屋の屋上で大島瀬戸の海原を眺めたりと、ヤマヨ水産のおもてなしを満喫。若林区から参加した女性は、「小松さんたちが丹精込めて育てたカキをこうして現地で味わうことができて、感謝の気持ちでいっぱいです」と、その喜びを振り返ってくれました。
大粒で濃厚な風味の蒸しガキを味わう参加者
武さんのお母様の小松登喜子さんが滅菌海水プールから取り出した
殻付きカキの開け方をレクチャー
参加者の声
- 気仙沼市は久々の来訪だという佐藤さん一家。「息子は、震災時にまだ生まれていなかったので、このツアーで震災や被災地について触れる良い機会を得られました」と秀人さん。恵さんも「内陸に住んでいるので、津波被害がいかに恐ろしいものか、今回よく知ることができました」と話します。きれいな海に感動ひとしきりの奏大さんは、「大地震の時は、すぐに逃げることが大事だと分かった」と、この日の学びをしっかり心に刻んだようです。
- 「震災を経験しながらも、時間の経過によって備えの意識が薄れていると気づき、その甘さを実感しました。家族で今、どんなことができるかを考えてみたいですね」と弘行さん。公子さんは「実際に現地を訪れ、家族みんなでいろいろな方の話を聞けたことが本当に有意義だったと感じています」と語ってくれました。実はカキが苦手だったという優那さんは「大島のカキがおいしくて、もりもり食べられました!」と、大満足の様子でした。