河北新報特集紙面2022

2023年3月23日 河北新報掲載 
教訓を糧に、豊かな未来へ向かって。

教訓を糧に、豊かな未来へ向かって。

教訓を糧に、
豊かな未来へ向かって。

東日本大震災による被害の規模が、
被災3県の市町村の中で突出している石巻市。
今回、バスツアーで最初に訪れた「石巻市震災遺構 門脇小学校」は、
すさまじい水流の勢いと津波火災の恐ろしさを今に伝える
全国で唯一の遺構です。
北上川河口域に広がる国内有数のヨシ原を再生する取り組みにも触れ、
美しい自然景観として保全するだけでなく、
資源として活用する可能性を知る機会になりました。
復興住宅を宿泊施設にリノベーションした
「追波湾(おっぱわん)テラス〜考える葦(よし)〜」では、
新たな交流人口の創出を目指す取り組みについて聞きました。

震災の記憶をたどりながらふだんと災害時の心がけを学習

 参加者を乗せたバスは仙台駅東口を出発し、「石巻市震災遺構 門脇小学校」へ。館長のリチャード・ハルバーシュタットさんらが出迎え、3つのグループに分かれて館内を見学しました。石巻市の被害概要の説明を受けた後、特別教室があった建物内で、実際に放送した震災当日のラジオ放送が聴けるコーナーや、被災者の記憶を言葉や絵で表現したアートが掲示されている展示室「記憶を紡ぐ」などを観覧。漂着物の火が燃え移った火災の生々しい傷跡が残る本校舎では、激しい水流で破られた窓や崩れ落ちた壁、水圧で押しやられた椅子や机などを目の当たりにし、誰もが言葉を失っていました。リチャードさんは、教職員が教壇を架け橋にして裏山に避難した現場に案内し、「津波火災があった門脇小は、建物の上階に避難する垂直避難がベストな方法となりえませんでした。皆さんも危機に直面した際、自分の身を守る最善の方法とは何かよく考え、慎重に行動してください」とアドバイスを送りました。
 多目的学習室では、石巻に発行拠点がある三陸河北新報社で記者として、経験を積んだ大須武則さんが、「津波擬似体験学習ツナミリアル」を実施。これは、一般社団法人石巻震災伝承の会が東北大学災害科学国際研究所の佐藤翔輔准教授の指導を受け開発した新しい疑似体験型防災学習プログラムで、大須さんが自らの津波被災体験を語りながら参加者と感覚を共有し、わが事として考える取り組みです。参加者全員に用紙を配布し、自分にどんな危機や素早い決断を迫られる事態が起こるのか、実際の体験談を聞いて意外だったことや気になったこと、すぐに取り組んでみたい防災対策などを具体的に記入。参加者に気付きを促しながら、大須さんは「災害を自分事として考え、行動することが大切。今回、皆さんが感じたり学んだりしたことが、今後の防災に役立ててもらえれば幸いです」と結びました。

写真
参加者に震災前の南浜地区を説明するリチャードさん

写真
写真左/備えの不備や対応のミスなど
を語る大須武則さん
写真右/真剣な眼差しで記入シートへ書き込む参加者

北上川河口の美観を形づくってきたヨシ原のこれからを学ぶ

 リチャードさんらに見送られ、バスは北上川の下流をたどり「石巻市北上公民館」を目指しました。館内では、東北工業大学工学部環境応用化学科の山田一裕教授と建築学部建築学科の中村琢巳准教授、研究室の学生たちが一行の到着を待っていました。
 まず、山田教授がスライド資料をスクリーンに投影しながら、北上川河口部の汽水域に群生するヨシ原について解説。震災前、約200ヘクタールにも及んだ広大なヨシ原の写真が大映しされ、山田教授が30年前に初めて出合って感動したエピソードを語ってくれました。そして、震災から1年後、半分に消失してしまった風景に切り替わり、「現在もヨシ原の再生に取り組んでいますが、いまだ30%ほどしか回復していません」と説明。さらに、山田教授の研究テーマであるヨシを使った水質浄化や汚水処理、かやぶき屋根など地場産業での活用例などにも言及。「地域の大事な資源としてのヨシを知り、その活用法を学ぶことで、豊かな生活を営むきっかけになれば」と会場に呼びかけました。
 後半は、中村准教授と大学生たちによるワークショップで、ヨシを使った工作にチャレンジ。短く切りそろえたヨシの両端を毛糸で編み込んでいき、ミニすだれを製作しました。中村准教授は、「歴史ある茶室の天井など、日本の伝統建築にはヨシが多用されています。皆さんにはこのミニすだれをヒントに、現代生活でどんな活用法があるかぜひ考えてみてください」と語りかけました。

写真
ヨシ原の保全と活用について詳しく解説する山田一裕教授

写真
毛糸でヨシの束を編み込むこつを中村琢巳准教授が指導

漁師の暮らしを支えた復興住宅が大海原を望む絶景の宿に

 さらに海沿いを北東に進み、白浜岬の高台へ。車窓に追波湾の美しい景観が広がる中腹でバスを下車。坂の登り口にマスコットキャラクターのオッパワンが描かれた案内看板が現れました。一棟貸しの宿泊施設「追波湾テラス〜考える葦〜」のフロント棟前で、NPO法人りあすの森の理事を務める鷹野秀征さんと、宿泊施設と系列の飲食店の運営責任者を務める五十嵐寿浩さんが参加者を歓迎してくれました。
 一行は2グループに分かれ、宿泊棟の見学と鷹野さんの講話へ。鷹野さんは、この施設が誕生した経緯を語ってくれました。津波被害で壊滅してしまった十三浜白浜地区に復興住宅を建築するため、東京・工学院大学建築学部の後藤治教授(現:理事長)らが尽力。 異例の民間主導で2011年6月に着工、同年11月に被災住民の入居が始まった経緯を説明しました。「海と生きる漁師の方々を思い、湾内を眺められる絶好の場所に住宅を作ったことで暮らしを支えることができました」と鷹野さん。さらに、後藤教授が周囲の景観に違和感なく溶け込むために、地元木材と美しいスレート屋根を使用する建築デザインにこだわったことにも言及。「いつまでも暮らし続けられる住居であることを重視しました」。住民が各々の新たな暮らしに進んだことで住まいとしての役割を終えた建物群は、ペットと泊まれる一棟貸しの宿泊施設として2021年7月に再出発。「コロナ禍の最中ではありましたが、愛犬家のご家族やワーケーションなどの利用が増えているところです」と話します。
 五十嵐さんのガイドで、最も高いロケーションにあるプレミアム棟の内部も見学。どの居室からも海の絶景を満喫することができ、素晴らしい見晴らしに参加者から感嘆の声が漏れていました。「自然の音しか聞こえない、この閑静な環境も好評なんですよ」と五十嵐さん。近隣にオープンしたレストラン、昨年冬、白浜ビーチパーク隣接地に新設された天然芝のドッグランなども紹介し、施設の魅力をアピールしてくれました。
 最後に、鷹野さんは「今後さらに利用プランを整え、より多くのお客さまを迎えたいと思っています。皆さんも、ぜひ足を運んでくださいね」と挨拶。一行は素晴らしい展望の宿を名残惜しく感じながら、この地を後にしました。

写真
写真左/追波湾を一望する傾斜地に
宿泊棟が並び立っている敷地内を散策
写真右/おしゃれなリビングでガイドする五十嵐寿浩さん

一般参加者の声

写真
 現在小学校6年生で震災の記憶が無く、石巻市の被害についても授業で聞いた程度だったので、震災遺構を見学して知った事実がたくさんありました。私がもし門脇小の生徒だったらきっとパニックに陥っていたと思うし、当時の小学生のことを想像すると辛かったんだろうなと心が痛みました。でも、北上川のヨシ原や追波湾テラスに関するお話を聞いて、これまで震災の恐ろしい印象しかなかった石巻のイメージが少し変わった気がします。
写真
 これまで沿岸地域を旅行などで訪れたことはあったのですが、震災遺構を含め、石巻には見るべき場所がまだまだあるなと感じました。ツアーに参加するまで、自分の中で震災への関心が薄れかけていたのですが、これをきっかけに心に留めていこうと思う契機になりました。現在、不動産会社に勤務しており、古い住まいを壊すのでなく新たに有効活用している追波湾テラスの存在を知り、真の復興とは何かを深く考える良い機会になりました。