河北新報特集紙面2024

2025年1月29日 河北新報掲載 
守るべき命と向き合い、ともに未来を歩むために。

守るべき命と向き合い、ともに未来を歩むために。

守るべき命と向き合い、
ともに未来を歩むために。

 大津波警報が発表され、避難が呼び掛けられる中、
校庭で45分以上待機した児童74人と教員10人が犠牲になった
「石巻市立大川小学校」。
「大川伝承の会」共同代表を務める佐藤敏郎さんは、
卒業を1週間後に控えていた次女みずほさんを大川小で亡くしました。
当時中学2年生だった長女そのみさんは、
大学在学中に大川地区を舞台にした
劇映画とドキュメンタリー作品を制作。
このバスツアーでは、
当事者お二人の視点を手がかりに大川小について考え、
命を守る教訓を得る貴重な機会になりました。

命を救うのは行動への判断
未来を拓く学びの場、大川小

 仙台駅から「石巻市震災遺構大川小学校」へと向かう道中、佐藤敏郎さんに教え子が「いのちの石碑」建立に動いた女川一中での教員当時の講話をお願いしました。大川小に到着後、バスに同乗した佐藤そのみさんが慰霊の献花を行い、一行は黙祷を捧げました。

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地域ぐるみのお花見を笑顔で懐かしむ
佐藤敏郎さんとそのみさん

 献花台から、津波の爪痕が痛々しい校舎、プール、屋内運動場を移動しながら、子どもたちの歓声に包まれ、地域と太い絆で結ばれていた被災前の学校生活と津波到達1分前に移動を始めた我が子らの最期について、佐藤敏郎さんから説明がありました。野外ステージ前では児童が描いた壁画を指差し、「大川小を、凄惨な悲劇としてではなく、ここに書かれている通り“未来を拓く場所”だと伝えてください」と、真摯な眼差しで参加者に訴えかけます。避難が可能だった裏山にも登り、高台から校舎を俯瞰しながら「山は命を助けません。人の行動こそが命を救うのです」と佐藤さん。「平時から具体的な避難場所を共有し、訓練を重ね、災害時に誰もが命を守る行動を実行できる未来に向かうことを願っています」と結びました。

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避難に有効だったと考えられる学校の裏山

 大川小を出発するバスの車内で児童が歌った校歌「未来をひらく」の音声データを再生。参加者たちは、歌詞に表現された豊かな自然の中で育まれた子どもたちがはつらつと歌う姿を思い浮かべながら、惜しまれつつ2018年に閉校した大川小に思いを馳せました。

当事者の目線で大川を描いた
2本の映像作品を鑑賞

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「春をかさねて」(2019/劇映画/45分)
@Sonomi Sato

 一行は次の目的地である「石巻市震災遺構門脇小学校」へ。多目的学習室で、佐藤そのみさんが故郷を舞台に日本大学芸術学部在学中の2019年に撮影した2つの映像作品を上映しました。1作目は、妹を亡くして喪失感を抱える当時のそのみさんの心境を投影した劇映画「春をかさねて」。マスコミから幾度も求められた取材への対応や災害ボランティアで訪れた大学生へのほのかな恋心、ふとしたきっかけで起きた親友とのいさかいなど、多感な中学生の繊細な心の揺らぎを描いた45分の作品世界に、参加者は引き込まれていました。

 休憩の後、そのみさん自身を含む大川小出身の3人の登場人物が、震災から8年後の近況を交え、母校で命を落とした家族や友人に送る手紙を読み上げるモノローグで綴る29分のドキュメンタリー作品「あなたの瞳に話せたら」を鑑賞。震災から年月を経て、それぞれの日常を生きる若者たちの率直でみずみずしい心情に触れた参加者は、エンドロールで惜しみない拍手を送りました。

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「あなたの瞳に話せたら」(2019/ドキュメンタリー/29分)
@Sonomi Sato

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真剣な表情でスクリーンを見つめる参加者たち

 上映後、フリーアナウンサー黒田典子さんとそのみさんが登壇し、トークセッションを行いました。そのみさんは、小学生の頃から故郷を舞台にした映画を撮りたいと熱望していたことや、撮影のため大学を休学したことに言及し、2作品の制作に至る経緯や苦労、撮影時のエピソードを教えてくれました。どちらの作品にも、大川地区の人たちが登場しますが、「出演してくれた方々には、私の意見を押し付けることがないよう、コミュニケーションを大切にしました」と語ります。2022年から各地で小規模の上映会を行ない、次第に反響が高まってきた状況について、「この映画の公開によって自分自身が直視されてしまうのが怖くて、誰にも見せたくなかったのですが、今では良い意味で自分の手から離れていっているような気がして、制作してよかったと感じています」と現在の心境も語ってくれました。

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現在制作中の新作についても話題が及んだトークセッション

震災の教訓を伝承する役割を担う
もう一つの重要な震災遺構、門脇小

 上映会の終了後、館長のリチャード・ハルバーシュタットさんらのガイドで、3つのグループに分かれて石巻市震災遺構門脇小学校を見学し、より学びを深めました。漂着物の火が燃え移った津波火災の生々しい状況が残る本校舎をはじめ、隣接する当時の建物を改修した展示館では、地元ラジオ局の緊迫した発災当日の音声放送が流れる展示や被災者の記憶を言葉と絵で表現した展示室「記憶を紡ぐ」などを巡りました。教職員が教壇を橋にしたことで裏山に避難できた場所も見学し、命の瀬戸際を物語るエピソードに思わずため息をもらす参加者も。津波火災の痕跡を残す唯一の震災遺構である門脇小で、建物の上階に避難する垂直避難が有効ではないケースがあることを知ることができました。

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津波と火災で被災した校舎内部は当時そのままに保存

上映会を振り返って

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 地元の方向けに市街地と大川で上映したことはありますが、今回のような取り組みは私にとっても初の経験になりました。どちらの作品にも被災した大川小の校舎が登場するので、皆さんにはより実感が伴う機会になったと思います。遺族が手がけた涙や感動を誘う悲劇の物語ではなく、私自身の目で実際に見てきたことを率直に伝えたいと考え制作しました。あの時代、あの震災を経験した子どもたちが、どのように受け止め、どのように前へ歩んでいったかを、この2作品を通じて感じてもらえたと思っています。

賛同企業の声

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  一昨年、東京からの転勤を機に、女川、気仙沼、若林区荒浜など被災地に足を運び、学びを深めようと努めてきました。今回のツアーでは、見た通りの受け止めだけでなく、被災した方の思いや実情、地域の営みなどを詳しく知ることができ、非常に有意義な時間となりました。2本の映画作品も、新たな気づきを得る良い機会になったと感じています。三菱地所はさまざまな形で復興支援を行ってきましたが、まちづくりを通じて宮城・東北の発展に今後も寄与したいと考えています。