2018年12月23日 積み重ねた努力と学びが、いつか実を結ぶ日を信じて。
定員60人に対して1,500人以上の応募が集まった今回のバスツアー。そんな多くの期待に応えるかのように、これまでに例がないほどたくさんの出合いが生まれた活動となりました。「やまもと語りべの会」の渡邉修次会長らをガイド役に山元町の各地を巡りながら、地元の特産であるイチゴ栽培に懸ける情熱、防災・減災の教訓を次世代に継承する重み、交流を通じて高め合う復興への願いなどさまざまな地域の思いに触れ、目には見えないお土産もたくさん持ち帰ることができた旅となりました。
待望のイチゴ狩りを楽しみ山元町の震災遺構を訪問
参加者を乗せた2台のバスは、最初の目的地である「山元いちご農園」を目指しました。現地で出迎えてくれたのは、岩佐隆社長。期待感で目が輝く参加者たちを、「食べつくせないほどイチゴがあるんで安心してください」と笑いながらビニールハウスに先導してくれました。2,000㎡もの広大なハウス内部には熟した「とちおとめ」がたわわに実り、トレーを渡された参加者たちは思い思いの場所で、好きなだけイチゴを味わいました。津波で被災した3軒4人の農家が手を取り合い、2011年6月に設立したこの農園。現在は、総面積3万2,000㎡の敷地に23万本以上のイチゴを栽培する規模にまで達したいきさつを聞き、さらにスイーツ製造など6次産業分野への躍進を目指す意気込みも教えてもらいました。
一旦、岩佐社長と別れ、津波の甚大な被害を受けた「旧中浜小学校」へ。震災当時校長を務め、現在は「やまもと語りべの会」の一員として活動している井上剛さんの案内で、20年に震災遺構として一般公開を予定している校舎を見学しました。子どもたちや地域の人々と一緒に屋上へ避難し、4回押し寄せてくる大波を辛うじてかわした体験を語る井上さん。そのすさまじい威力は、破れた窓や崩れ落ちた外壁などで十分に推し量ることができました。
旧中浜小を後にし、平常時は地域の交流拠点として利用でき、非常時は防災拠点となる山下駅前の「防災拠点・山下地域交流センター」を訪ねました。ここで午前中の活動が終了し、地元のお弁当屋さん「きく邑」特製のはらこ飯でランチタイムを満喫しました。その後、やまもと語りべの会が取り組んでいる「幸せの黄色いハンカチプロジェクト」について渡邉会長が紹介。震災後に山元中学校の避難所で5,000枚をたなびかせたエピソードと、活動の意義を知った参加者たちは、自分用の一枚に震災の教訓を受け継ぐ決意を、もう一枚には山元町へ向けた支援メッセージを綴りました。
ハウスを案内してくれた 「山元いちご農園」の岩佐隆社長 |
中浜小の被災について語る 「やまもと語りべの会」の井上剛さん |
渡邉修次会長は幸せの 黄色いハンカチについてレクチャー |
活動を通して思いに触れた山元町を元気に支える人々
お昼の休憩後、2つのグループに分かれてイチゴジャムづくりと「防災拠点・山下地域交流センター」の見学を実施。ジャムづくりは、山元いちご農園の岩佐社長らが指導を行いながら調理を行いました。参加者たちが交代で大きな鍋をかき混ぜながらイチゴを煮詰めていくと、調理室には甘い匂いが充満。頃合いを見て砂糖とレモン汁を加え、適度な粘度が出てきたら火を止めて瓶詰を行いました。まだ温かい瓶を手にしながら、参加者はみなニッコリ。その出来映えに、みな満足そうでした。
「防災拠点・山下地域交流センター」バックヤードツアーの案内役は、岩佐勝所長が務めました。会議室やホールなどが全て避難室として割り当てられており、災害時、多くの人を収容できることを紹介。さらに、1・2階の備蓄庫、4,400人に3日間水を供給できる耐震性貯水槽や非常用出入り口なども見学し、大災害への備えが全館に行き渡っていることを学びました。
次に向かったのは「山元中央公民館」。ここでは、創作和太鼓集団 風雲乱打舞(らんだむ)の演奏を鑑賞しました。大人から子どもまで15人の演者が熱演する大迫力の太鼓演奏に圧倒される一同。ラストのオリジナル曲「郷友乱舞」では、太鼓の響きに込められた震災を乗り越え郷土で再会する喜びを感じることができました。そしてさらに、やまもと語りべ大使として継続的に活動を行っているシンガーソングライター平松愛理さんが登場。大ヒットソング「部屋とYシャツと私」など4曲を披露してくれました。ラストに演奏した新曲の「ありがとう」では、参加者も手拍子とともにメーンフレーズの“ありがとう”を大合唱。平松さんのパワフルで美しい歌声に、会場の全員が魅了されました。
最後に、旧山下駅前の「橋元商店」と震災前後の記録や写真を展示している「みんなの写真館BRIDGE」を訪問。渡邉会長は、「山元町の今を知り、また来たいと言ってくれることがうれしい」と笑顔を浮かべながら、帰途につくバスに手を振ってくれました。
参加者、やまもと語りべの会、風雲乱打舞、平松さんらで記念撮影 | |
イチゴを煮る鍋が焦げ付かないようにかき混ぜる参加者たち |
遠い親戚を思うように、長く支援を続けていこうと思っています。
会場に歌で心を届けた平松愛理さん
震災直後、宮城のテレビ局から未発表曲の「花と太陽」を歌いに来てほしいとリクエストされたことをきっかけに、出身地である神戸市須磨区のコスモスの種を被災した山下中学校の校庭で育てる「花サカスプロジェクト」に発展。「最初は、校長の修ちゃん先生(=渡邉会長)になかなか首を縦に振っていただけませんでした。何度も対話を続けていくうちに、私が取り組んでいる阪神淡路大震災の復興支援ライブ「神戸ミーティング」を知ってもらい、それを機にプロジェクトを共に進める仲間になってくれました」と平松さん。そして現在、「神戸ミーティング」で得た収益金の一部が、黄色いハンカチプロジェクトの運営管理を行っている「やまもと語りべの会」へ寄付されています。「種まきに関わってくれた山元町の人たちには感謝ばかり。そんな感謝の思いこそが人と人の心をつなげていくというメッセージを、歌でみんなに伝えられればと思っています」と語ってくれました。
山元町バスツアー参加者の声
郷家 美海さん(松島町)
草加 みづきさん(仙台市泉区)
部活動でボランティア活動に参加している高校2年生の2人。草加さん(写真右)は参加の理由を、「現地の人たちから生の声を聞くことで、より震災や防災について知識を深められたらと思い応募しました」と話してくれました。郷家さんは、「小学生の時に震災を経験して怖い思いをしましたが、中浜小学校はそれ以上の被害を受けたことが分かり、部活動などを通していろいろな人たちに伝えられればと思っています」と語ってくれました。
賛同企業の声
大和証券株式会社
長澤 光江さん
今回、たくさんの応募者があったことを知り、今できることプロジェクトへの関心度の高さを知りました。自分自身も、震災について記憶の風化が始まっていると感じており、このバスツアーで当時の話を聞いたり復興が進んでいる現場を見たり、改めて震災について学ぶことができ、良い経験となりました。昨年度は、こども未来応援教室でワークショップを行いましたが、今後も賛同企業としてプロジェクトをお手伝いできればと思っています。