2012年9月3日 河北新報掲載
「今できることプロジェクト」とは、市民の皆さん、企業・団体の皆さん、河北新報社が一緒になって、これからの被災地・被災者支援のあり方を考え、具体的なアクションへとつなげていくプロジェクトです。紙面では毎回、実際に行われている支援の事例を、いくつかの支援スタイルに分けて取り上げ、支援する立場の人と支援を受ける立場の人、双方の生の声をご紹介します。
今回のテーマは、営業再開したもののまだまだお客さまが戻っていない奥松島の民宿エリア。訪ねることが、いちばんの支援になります。
東松島市・奥松島のファン 栗原市瀬峰の書家 遊佐聖心さん(64)
被災地に残された趣のある風景、戻ってきた海の幸。浜の魅力を感じ、味わうこと、訪ねることが力になると、知っている人がいます。
わたしが好きな奥松島月浜地区の風景は、一度見たら忘れられない風情があります。荒波と風雨に浸食された白い岩肌の島々が浮かび、松の木の緑が映える。高台にある宿の階段を下りると、神社があって、静かな波が打ち付ける浜辺を見守っていました。月浜は津波の被害でみなさん大変な思いをされていますが、海辺に目をやると変わらない風景が残っており、心が慰められます。 漁師が営む宿ならではの味もまた、格別です。2年前に泊まったときに食べたウニの美味しかったこと。甘みと、海水のほどよい塩加減が口の中で相まって、絶品でした。震災以降に初めて泊まった昨年の秋はそんな贅沢を望むことはできませんでしたが、いまでは獲りたての地元の魚を使った食事を提供できるようになったようです。
わたしがよくお世話になる「かみの家」のご主人は、夢のある人です。地域の再建を目指して奮闘しています。ご夫妻のお人柄を慕って訪れる客も少なくありません。わたしも、中国の書友や栗原の知人を連れて近くまた泊まりに行くつもりです。いまは宮城県内からの客が少ないと聞いていますが、何とか頑張ってもらい、復興につなげてほしいと願っています。
東松島市宮戸月浜の民宿「かみの家(いえ)」主人 小野勝見さん(63)
津波の被害を受けながら営業を再開した民宿。いまある資源を生かし、お客を迎えることが地域の再生につながると信じて、元気に頑張っています。
東松島市宮戸の月浜地区は37世帯の大半が津波の被害を受けました。わたしの宿は高台にあって津波こそ免れたものの、地震で建物が壊れ、昨年11月にようやく営業を再開できました。 いまは震災前の約7割までお客様が戻っています。以前は宮城県内からのお客様が全体の3割を占めていましたが、現状は首都圏からの観光客がほとんど。県内の方は、被害を受けた場所を気遣い、気軽には遊びに行けないという思いも強いのでしょうか。
奥松島は規制が厳しかったため、豊かな自然が残る場所です。幸いなことに、震災に遭っても海辺の景観には大きな変化はなかった。地域では9年前に「奥松島体験ネットワーク」という団体を作り、お客に漁業やシーカヤックなどを楽しんでもらう体験型の観光産業づくりを進めており、今年はその活動も再開しました。震災からいち早く復興するには、少しでも早く動いた方がいい。今年の頑張りが来年につながるからです。
月浜では近く、新たに2軒の民宿が営業を始めます。浜ならではの体験ができて、食事ができて、宿泊できる施設がいくらかでもそろっていれば、お客様をお呼びすることができる。景色や食べ物、人の穏やかさを感じて寛いでいただき、「また来たい」と思ってもらえる地域をみんなで作っていきたいですね。
vol.1 流されなかったもの
東松島市宮戸の奥松島・月浜地区を尋ねたのは7月下旬のことでした。途中の道路沿いに「漁業体験、遊覧船」の、真新しい黄色い案内板が立っていました。月浜への道しるべです。
案内板の立っていた周辺は、津波で大きな被害を受けた野蒜地区。がれき撤去が少し進んだだけで人の生活の「におい」はほとんどしません。荒涼とした光景の中で、のどかささえ感じさせる案内板に、どこか現実離れした印象を抱きました。「この先に、本当にそんな体験のできる場所があるの?」。半信半疑で月浜に向かいました。
ようやくたどり着くと、迎えてくれたのは穏やかな海と白い砂浜。少ないながらも海水浴を楽しむ家族連れや散策するカップルの姿がありました。シーカヤックに乗った若者たちもいます。もちろん、浜に面した家はほとんどが津波で流されてしまい、地域の方々は大変なご苦労をされているはずなのですが、海辺だけは震災前と何も変わらないかのような表情でそこにありました。どこかホッとしました。
公的には、月浜も海開きはされていません。それでもお客さんを迎えることができていたのは、地域の頑張りの結果。被災した住民のみなさんが、再び浜辺の遊びができる環境を整えてくれているのです。漁師が船の操縦の仕方を教えたり、お母さんたちが獲れたての魚介を使った浜料理を作ってくれたり。夏休みは子ども向けの体験イベントを毎週のように開催しました。みんな仮設住宅暮らしですが、お客さんと同じぐらい明るく活き活きとしています。
月浜はもともと、地元にある資源を生かした漁業体験型のグリーンツーリズムの活動を長く続けてきた地域でした。民宿「かみの家」の小野勝見さんは「震災で多くのものが流失しましたが、培ってきたものはなくしていません。地域を復興させるために、少しでも早くお客を受け入れ、以前のような浜辺に戻していきたい」と夢を話してくれます。
大きな被害のあった浜で、遊ぶ気持ちにはなれない。海に近づきたくない、という人もいるでしょう。ただ、もしも再び海を見たい、魅力にふれたいと思ったら、喜んで迎えてくれる人たちがいることも確かです。月浜だけでなく、きっと、沿岸のあちこちの浜辺に。
(鈴木 美智代)
奥松島体験ネットワーク